三題噺/お題:『うそ』『サクラ』『縛』
「油を使ったらダメとお医者に止められている人、ちょっとお腹周りが気になる人、 買わなくてもいい、買わなくてもいいからちょっと見てってくださいな」 古式ゆかしい啖呵売。 場所は、これもやっぱり基本通り、祭りの境内だったりする。 「こいつ。一見ただのフライパンにみえるでしょう? でも、実はそうじゃない。 コンロにちょっと火をつけて、こいつを火の上で焙って、そのまま卵をぽとん。 普通ならこげちゃうところ、こいつはこれで大丈夫……」 そんなことをつらつらと述べながら、今までに何回繰り返したか判らない動作を しているうちに、僕の周りに人垣ができてきて。 でも、それだけじゃ売れないわけで、必要なのは踏ん切り……つまり、自分より 先に誰かが買ったという事実。 「……今日はこいつが何と4900円! デパートなら1万円は下らない品だよ」 「くださいなっ」 そう言ったのは、美由紀。 僕の友達、というか、相棒というか。 そもそも、僕を啖呵売の世界に引き込んだのはこいつ。 こいつの叔父がテキ屋で、よく遊びに来ていた僕が興味を示したのをいいことに 一通りの口上を教えこんでくれて。 ……で、今はこうして旅の空。 美由紀と一緒に、テキ屋の旅。 サクラを使ったら云々って言う人がいても、そんなのは無視無視。 そんなこと言ってたら、こちとらおまんまの食い上げだい、ってもんで。 実際は映画の寅さんのようには巧く行かないってことでね。 「はいどうも! さあ他のお客さんはいかが? 今日は15点限りの御奉仕だ」 「私も!」 「ハイ毎度!」 そんなこんなでうまいこと、楽しく苦しく旅をしてたわけ。 いつもどこかの旅の空、安い旅篭に二人で一間。 まあ、別に好いた惚れたがあるじゃない。お互い気心の知れた友達ってなもんで、 お互いのことを異性と思ってないふしすらあるぐらいで。 実際、美由紀が隣で着替えてても気にならないし、美由紀もそれを気にしない。 ま、そんな気楽な関係だったんだけど……ある日のこと。 その日の商売を終えて、宿に帰ってきた時に。 ……あ、もちろん美由紀とは別行動。 一緒に帰ってきたんじゃ、サクラだってバレちゃうからね。 ……おや、何か宿の前でもめ事……って、美由紀じゃないか! 「何?」 「何じゃないよ嬢ちゃん、さっきお嬢ちゃんがやってた仕事について話があるんだ」 「仕事……?」 「とぼけたって無駄だよ。こっちはお嬢ちゃんたちが街に入ってきた時からずっと 確認してるんだから」 「……何のことだか判らないんだけど……」 ……美由紀は根性は座ってるから……僕が出てくと状況が悪化しそうだし……。 うん、しばらく喫茶店でも行ってよう。 そう思って引き返して、1時間ほど経ってから。 そろそろほとぼりも冷めた頃だろう、と、僕は旅篭へと帰ってきた。 門前でのトラブルはもう終わったのだろう、しんと静まり返っていて。 「ただいまぁ」 部屋に入っても、美由紀はまだいないみたいで。 ……こりゃ、失敗したかな……。 僕は携帯を手に取り、短縮の1番目に登録されている電話を呼び出す。 Rrrr…… Rrrr…… Rrrr…… 3コール、4コール。 7コールぐらいで、ようやく電話の相手が出た。 僕は商売している時とは違う声で呼びかける。 「もしもし?」 「……」 「もしもし、美由紀?」 「……誰だ」 電話の向こうからは野太い男の声。 僕は、その声に聞き覚えがあった。それも、ほんの1時間ほど前に。 「……あれ? 木下 美由紀さんの携帯じゃないんですか? これ」 「このお姉ちゃんの名前がそうなら、間違い電話じゃないが……今、彼女は電話に 出られる状態じゃないんでな」 「……」 「どうせ相棒が心配になって電話をかけてきたってところだろう」 「……はぁ……ええ。そうですよ」 「お前らの商売で迷惑を被ってる人がいるんだよ。判るな?」 疑問文の形を取った恫喝の言葉。 僕は黙って聞き続けた。 「さっきお前らが商売していたところの傍に、小さな倉庫がある。そこまで来い」 ぷつっ、つーっ つーっ つーっ。 ……はぁ……。 行かなきゃおさまらないだろうけど……行ってもおさまるかどうか、ねぇ……。 僕は次に売る予定だった、一缶20円で仕入れたスプレー(売り値は2千円)の 箱から、まだラベルのついていないものを一缶だけ取りだし、ポケットに押し込み。 ……脅しが効けばいいんだけど、なぁ。 そして、コートを羽織って、倉庫へと向かった。 この辺は都会と違って、夜が早い。 9時にもなればもう真っ暗だ……それこそ、お祭りの日でもない限りは。 僕は指定された倉庫の傍まで行き、そこで足を止めた。 一筋の明りさえも漏れていないその小さな倉庫は、この田舎町にあってもなお、 時間から取り残された存在であるかのように思えた。 シャッターの下りた入り口に近づき、じっと耳をすます。 中から、男たちの話し声が漏れ聞こえてきた。 「……んの野郎、来るんですかね」 「来るだろう。いくらなんでも、商売の相棒を見捨てるようなことはしないさ」 「ならいいんすけど」 ……間違いない。 僕は小さく深呼吸すると、シャッターの横にあるドアノブに手をかける。 ……何て挨拶すればいいかなぁ。 そんな、どこか呑気なことを考えながら、僕はノブを開けて中に入った。 「来やがったな!」 「……」 あ、向こうが先に挨拶してきちゃった。ま、いいや。 「裕喜!?」 「……美由紀を返してもらいに来ました」 そう言った僕に、黒いスーツを着た男が吠えかかってくる。 「ざけんなコラっ!」 ……うわぁ、紋切り型……。 「カズ! そんなに騒ぐんじゃねえ! ……すまんなぁ、わざわざ来てもらって。 あそこはうちのシマなんでな。勝手なことやられちゃ困るんだよ」 「シマ……」 なわばり。そんなことは当然知ってる。ただ、ショバ代を納めてちゃあこの商売 上がったりだってのも事実なわけで。 「……ああ……そうですか」 「そうですかじゃねぇっ!」 カズ、と呼びつけられた黒スーツの男が、僕の顔に向かって拳を突き出してくる。 僕はそれをスローモーションでも見るように見ながら、まともに顔面に受けた。 あとはもう何だか判らないぐらい。文字どおりぼこぼこにされて。 半ばあきれ顔で僕の様子を見ている美由紀が、妙に印象に残ってたりした。 次に気がついたとき、僕はコートの上からぐるぐるに縛り上げられていた。 「きゃぁあああああああっ!」 ぼおっとした頭に、美由紀らしからぬ甲高い悲鳴が轟いて。 ……頭を激しく揺らされているかのような重い頭痛がぶりかえしてきて。 そんな僕の視界の中では、地面に押し倒されている美由紀が手足をばたつかせて 必死で暴れていた。 「やっ、やめろっ、くそっ、馬鹿野郎、離せッ!」 じたばたじたばた。 あーあ、そんなに暴れるとパンツ見えちゃうよ。 ……なんて呑気なこと言ってられる状態じゃなさそうだけど。 「美由紀!」 大声を上げると、まだ頭痛の残っている頭に響いた。 「気付いたか、小僧」 「美由紀に手を出すなっ」 ……と、叫んでいる一方で、妙に冷静な僕がいたりして。 ポケットの中にはスプレー缶が一つ。 ……普通に使ったんでは、一人の目を潰すのがやっとだろうなぁ。 そんなことを考えている僕の目の前では、男が美由紀に伸し掛かって、美由紀の 着ている服を無理矢理に脱がせようとしていたりして。 「や、やめろっ、このっ」 じたばたじたばた、必死であがいてみても、男の力には勝てるはずもなく。 美由紀の肌が裸電球の下であらわになった。 「やめ……やめてっ、いやぁっ! 助けてぇッ!」 ……へえ、美由紀って案外いい身体してたんだ……。 もっと見ていたい、という正直な欲求と、美由紀を助けたいという理性とが僕の 中でお互いに鬩ぎあって、そしてやがて一つの結論に達した。 ……逃げよう。 僕は縛られたまま、コートの中にある缶をごそごそと動かし、足元に転がした。 そして、それを足元で踏みつけると、美由紀に−そして男たちに向かって叫んだ。 「……美由紀っ、息とめろっ!」 バキッ、という音がして、ぽしゅうっ、っと凄い勢いでガスが吹き出す。 まあ、まだ新品のヘアスプレーの頭を踏み折ればそうなるのは判ってるわけで。 「っ!」 男が思わず息を−そして動きを止めた瞬間、美由紀は自分の上の男を跳ねのけ、 僕のほうに向かって駆けてくる。 僕もその美由紀と一緒に外に駆けだし、神社の境内に駆け登る。 上で身を隠して、倉庫のほうを眺めていると、男たちがどこかへ駆けていった。 多分、僕たちが泊まっていた宿に行くんだろう。 ……灯台下暗し、とはこのことだね。 一息ついた僕は、横にいる美由紀と目を見合わせ、小さく吹き出した。 「……ふふっ」 「……ははっ」 お互い、あまり人に見られていい格好じゃないけれども。 それでも、ほっと一息ついて。 「美由紀、大丈夫だった?」 「だ、大丈夫よ。あれぐらい何でもないわ」 強がりを言ってはいるけれど、その声は小さく震えていて。 思い出しただけで、その時の恐怖も蘇ってくるのだろう。 「……これから、どうする?」 「どうするもこうするも……ここではもう商売できないわね」 「……ははっ、そうだね」 笑いながら、美由紀の姿を見ると。 上半身を覆っているブラウスのボタンは既になく、ブラジャーもとられていて、 要するに素肌にブラウスを羽織っているだけ。 下半身はスカートで隠れているけれど……それでも、やっぱりすごく煽情的で。 「……み、美由紀」 「何?」 のほほん、とこっちに答えてくる美由紀に、こらえられなくなりそうで。 「と、とりあえずこの縄解いてよ」 「あ、うん」 ごそごそっと、紐を解いてもらって、僕はその黒いコートを脱いだ。 「……何? そんな顔しても恐くないわよ?」 「いや……そうじゃなくて。コート着ておいてよ。こっちが恥ずかしいよ」 「え? ……ふーん、裕喜もあたしで興奮するんだ?」 「……」 「いままでずーっと、そんな素振りも見せなかったから……。てっきり、裕喜には 全然その気がないんだって思ってた」 「……いや、その……実際、今日まではそんな気は全然なかったんだけど」 「取り繕わなくてもいいよ。そんな関係じゃないでしょ?」 ……そんな風に言われると……でも……。 「……今日は、かっこよかったよ」 「…………」 僕は、ゆっくりと美由紀に近づくと……今まで自分の着ていたコートを、そっと 美由紀の肩にかけた。 「え?」 「……こんな感じで、関係を変えたくないんだ。ワガママかも知れないけど」 「……」 吹き渡る風が、鎮守の杜の樹を揺らして音を立てた。 そのしじまを破ったのは、男たちの罵声だった。 「いたか!」 「いや、いねぇ!」 三人の男たちが、どうやら僕たちの宿から帰ってきたようだった。 「……どうする?」 「どうするもないでしょ」 「だね」 顔を見合わせて小さく笑った後で、僕は美由紀の着ているコートの裏ポケットを ごそごそと探る。 ちょっと見には、まるで美由紀に抱きついているか、そうじゃなければ痴漢でも 仕掛けているようにも見えるけど。……って言うか、当の美由紀自身がそう感じて 顔を真っ赤にしてたりするけど。 「ちょ、ちょっと、何……」 「はい、これ」 僕の手の上には、小さなボールが3つ。 「……何、これ?」 大きさは大体直径3センチぐらい。 「夜店で売ってる、あれだよ」 「……煙玉?」 「ご明答。問題があって製造中止になった奴だけどね」 「問題って?」 「いたぞ!」 下から声がする。 どうやら、見つかっちゃったみたい。 「すぐに判るよ」 そう耳打ちして、僕はその煙玉をぎゅっと握り締めた。 男たちが石段を駆け登ってくる。 もうすぐ一番上までくる、というタイミングで、僕はその玉を地面に叩きつけた。 もくもくと煙が立ち上り、視界が奪われる。 僕はその煙を吸い込まないように、ちょっと離れたところで立ち止まって待つ。 「危ないぞ! 煙を吸うな、失明するぞ!」 「ハッタリだ! やつらは上にいるぞ!」 そんな罵声を上げて、煙の中を突っ切ろうとしてくる男たち。 あーあ、可哀想に……。 「うわっあっ! め、目がっ!」 後からついてきていた奴らも、立ち止まるに立ち止まれず、煙の中に突っ込んで。 「な、何だこりゃっ! わああっ!」 こっちに転がり出てきたところを、僕を縛っていたロープで縛り上げて。 「くそっ、ハッタリだと思ったのに!」 地面にうずくまったままで悔しがる男に向かい、僕はゆっくりと言い放った。 「うそってのは、いつもついてちゃ効果がないものさ。本物にインパクトがあれば 案外簡単に引っかかってくれる」 「ち、ちきしょうっ」 この場は不利だと思ったのだろう、男たちは一声吠えて逃げ出していった。 「……よく言うわ。たまたまじゃない」 美由紀は呆れた様子でそんなことを言ってくる。 僕は、小さく深呼吸して。……あ、もちろん、煙が薄れた後で、だよ。 ともあれ、深呼吸して……そして、振り向いて。 「さ、次はどこの街に行こうか?」 こんなトラブルがあるから旅は楽しいわけで。 美由紀もそれは判ってて。 「……どこでもいいよ。足の向くままに行こう」 「じゃ、駅から最初に出る電車で」 こうして、この街での慌ただしい一日が終わりを告げた。