三題噺/お題:『うそ』『サクラ』『縛』

「さくら」

by 黒法印 大樹





 真夜中の2時。
 人気の無い路地を一人の男が歩いていた。
 男は黒のスーツを着ていて、白いネクタイをしていた。
 別にその格好はそれほど奇妙なものではない。ただ、後ろで束ねた長髪と金縁の
眼鏡の下からのぞく異様な雰囲気秘めた瞳が彼を普通のサラリーマンなどではない
ことを物語っていた。
 月のきれいな夜である。

「ん?」

 彼が見とめたのは一人の女性だった。
 年の頃は22、3か。彼女は満開のの木の下で白いワンピースを着てたたずん
でいた。
 男は何のためらいも無くその女性に話し掛けた。

「こんばんわ。」
 
「あなたは?」

「私ですか?氷上 闇羽(ひかみ うるば)といいます。あなたは?」

「・・・ごめんなさい、わからないの。」

「そうですか、別にかまいません。それよりこんなところでいったい何を?」

「桜を見てるんです。」

「桜を・・・・。」

「そう、ここで待っていればあの人に出会えるんです。」

「恋人ですか?」

「ええ、あの人本当にやさしいんですよ。どじで間抜けな私をずっと守ってくれて
 ・・・。」

「・・・・待っているのはつらくありませんか?」

「・・・辛いですけど、ごめんって謝りながらかけてくる彼の姿も好きなんです。」

「もう何年になりますか。」

「さあ、だいぶ前に数えるのを止めてしまいましたから・・・・。」

「私は真実を知っています。そして今からあなたに伝えなければならない。」

「真実、ですか?」

「ええ。真実です。」

 桜の木が突然の風にゆれた。
 そしてまるで粉雪のように花びらが舞い落ちる。

「彼は、ここへはきません。たとえあなたがいつまで待ったとしても。」 

 その時彼女の両目からはらはらと涙が零れた。

「そう、ですか・・・。やっぱり・・・・。」

「もう眠ってもいいはずです。悲しい思い出など忘れてしまえばいい。」

「いいえ、悲しくなんか無いですわ。たとえ結果がどうであったにしろ、私はあの
 人を愛していましたから。それに・・・・。」 

「それに?」

「あの人も私を愛してくれていたのだと思います。」

 その言葉とともに彼女は光になって消えた。
 そしてそこには1本の枯れた桜と、1枚の花びらだけが残った。

 次の日の朝、闇羽はある企業の会長宅に来ていた。
 
「そうですか、恭子は逝きましたか・・・・。」

 闇羽の前にいる老人が口を開いた。 

「若いころわしは恭子と恋仲じゃった。しかし当時の社長令嬢に見初められたわし
 は恭子を捨てた。あの桜の木の下で待っているように言って・・・・。」

「恭子さんはあそこで丸二日間いたそうです。元々からだの弱い方だったのですね
 そのまま体調を崩して病死されたそうです。」

「ああ私はなんて愚かだったんだろう。私のうそが、裏切りが恭子をあの場所に
 り付けていたのか・・・・・。」

「報告は以上です。それではまたご用があれば参ります。」

 そういって闇羽は会長宅を後にした。
 土手には桜の花が美しく咲いている。
 
「あの老人は愚かだ。自分にさえうそをつき、そしてそのことが自分をがんじがら
 めにしていたことを知らない。彼の50年はまったくの無価値だ。」

 風が吹いた。風は桜の花びらを含んであたりを飛び回る。

「もっとも利口な人間など存在しないのだろうがね。」

 そして闇羽は風とともにどこかへ消えていった。






<三題噺 10・もくじへ>
<三題噺・もくじへ>
<物語帳・もくじへ>
<ホームへ>