三題噺/お題:『レンガ』『50』『毛玉』
5月も近くなると、気候はすっかり気持ちよく。 今日はマリアに、暖炉の掃除を頼むことにした。 レンガも煤けて、冬の間の汚れが溜まっている。例年ならもう少し早く掃除 するのだが、今年は色々と忙しかったので忘れてしまっていた。 「マリア、この棒が届くところまででいいからね。あと煤が目に入らないよう に気を付けるんだよ」 煤掃除に慣れた私には必要のないものだが、慣れないマリアに何かあっては 大変だ。作業内容を説明した後に、ゴーグルと防塵マスクを装備させてあげた。 これらを外さない限り、大事は起きないだろう。 「中の煤を落としたらそれを集めて捨てて、今度はレンガの水拭き……出来る かい?」 「うん……頑張る」 大きな毛玉……ワイヤーなのだが……の付いた棒を両手で抱え、真面目な顔 でこくこく頷くマリア。 「よし、それじゃよろしく頼んだよ」 マリアの頭を軽くなで。 まぁ危ない作業でもないし、と自分に言い聞かせながら私は店の方に戻った。 自転車の組み上げ自体はそう難しいことではないし、慣れていればある程度 の時間で組み上げることが出来る。 が、今年は自転車流行の年なのか……組み上げ待ちのフレームが、作業場に ところ狭しと並んでいた。 「久々に徹夜続きになるかな……」 納期は一応余裕があるのだが、かと言ってゆっくり作業しているわけにも。 無理はしないに越したことはないけれど、出来ることなら早目に組み上げて しまいたい。 何と言っても、お客さんの喜ぶ顔が早く見たい。 新品の自転車を目の前にすると、大人も子供も例外なく瞳を輝かせてくれる。 新しい玩具を与えられたように、そしてそれでどのように遊ぼうかと考えて いるかのように。 そんな時、この仕事をやっていてよかったと思う。 そう、例えここにある以外……町の倉庫に置いてある分を入れて、50台も 組み上げ待ちがあっても。 ……本音を言うと、早く全部仕上げて楽になりたいんです神様。 「さぁ、気合入れてかかるぞ」 私はぱん、と両頬を叩き。 そしてスパナを握り締め、今日の1台目に取りかかるのだった。 「ふぅ……」 とりあえず作業も一段落。 時計に目をやると、随分時間も経っていた。 ここらで休憩にしようか。 と、ふとマリアのことを思い出した。 「……まさか」 油にまみれて真っ黒になった手を拭きながら、慌てて居間へ行くと。 煤にまみれて真っ黒になったマリアが、一生懸命に暖炉を拭いていた。 「マリア、今までずっと掃除してたのかい?」 「うん」 暖炉を見ると、まるで新調したかのように綺麗になっていて。 「……ありがとう。凄く綺麗になったよ」 むふー、と嬉しそうに胸を張るマリア。 ご褒美代わりに頭をなでようとして……真っ黒な自分の手が目に入る。 「よし、一緒にお風呂に入ろうか。私もマリアも真っ黒だから」 そこでマリアは初めて自分の姿に気付いたのか、袖や裾を見て驚いて。 「……最後は自分をお掃除?」 「自分を掃除か……ははは、自分を綺麗にするのは掃除とは言わないんだよ」 とりあえず手を洗って、それからお風呂を沸かそう。 そして外でマリアの煤を払って……。 掃除道具を片付けたりしているうちに、お風呂も沸き。 素っ裸になったマリアの、衣類に被われていなかった部分だけ見事に真っ黒 になっている姿に苦笑してみたりして。 「ところでマリア、そのゴーグルは外しなさい」 「……これを着けていると、きっと目に泡が入らないの」 新しいことを発見したかのように、再度むふーと胸を張るマリア。 「あのね、そのゴーグルは水の中で使うようには出来ていないから泡も入って 来るんだよ」 「……でも、これ気に入ったの」 「……わかった、それはマリアにあげよう。でも今日の掃除で汚れてしまった から、一緒に洗おうね」 「わかった。一緒に綺麗綺麗する」 たたた、とゴーグルを抱えて浴室へ駆け込むマリア。 あのゴーグルは昔私が使っていたものだが、それでも気に入ってくれたので あればマリアに使ってもらった方がゴーグルも幸せだろう。 「滑らないように気を付けるんだよ」 言いながら、私も浴室に入る。 するとマリアは、自分よりも先にゴーグルを洗いにかかっていて。 「ははは、随分気に入ったみたいだね」 さて、頑張って2人分の汚れを落とすとするか……。